COVID-19 のパンデミックによる経済低迷から脱するため、各業界で模索が続いている。製薬企業の「ニューノーマル」に取り組む 2 つのグローバル企業がある。STEM ヘルスケア株式会社は、世界の売上トップ 30社を含む製薬企業とパートナーシップを結ぶアドバイザリー企業だ。50 万件以上の MR の活動現場を観察した情報をもとにした、世界最大のデータベースを保有している。一方、Veeva Japan 株式会社は全世界の製薬企業で MR に使用されているクラウド型の顧客情報管理システム「Veeva CRM」等の各種ソフトウェアを提供し、データを用いたコンサルティングをグローバルに展開する企業である。
このレポートは、STEM ヘルスケア株式会社(STEM)と Veeva Japan 株式会社(Veeva)が、ニューノーマルの時代にある製薬企業における MR 活動の現状の課題と今後の取り組むべき姿をそれぞれの保有するデータから分析し、示唆するものである
COVID-19 のパンデミックは、世界の経済活動を近年にない速度と規模で低下させた 1)2)。いわゆるコロナ禍では多くの業界が経済活動の制限を受けた。これは、製薬業界も例外ではない。COVID-19 の出現により、全世界で製薬企業と HCP(Healthcare professionals:医療従事者)の対面での面談が難しくなり、ステークホルダーとの関係やビジネスモデルの再構築が余儀なくされたと考えられている。現在、ニューノーマル(COVID-19 と共存する生活)への転換が進む中、ビジネスに新しいフェーズをもたらすものとして IT 化や DX(デジタルトランスフォーメーション)が加速している。
そのような中、両社は COVID-19 のパンデミックによってMR の活動におけるオムニチャネルの重要性が上がっていると分析している。オムニチャネルとはこれまでの対面式の面談に加えてオンライン面談を始め、さまざまなチャネルを介し、タッチポイントを多様化させたビジネス戦略の総称だ。
製薬企業では以前から、オムニチャネルによる対顧客コミュニケーションを始めていたが、パンデミック前にはそのオムニチャネル化はあまり進んでいなかった。その後、コロナ禍で対面面談が制限される事態となり、オムニチャネルによるビジネスがこれまで以上に注目されるようになってきている(Fig.1:STEM 提供)
Veeva の最近のデータをみると、MR の活動量は回復してきていると考えられる。2020 年の緊急事態宣言以前とその直後を比較すると、MR が医師と面会する活動量は約半分に低下していたが、徐々に回復し、現在は以前と同水準にまで回復しているのがわかる(Fig.2:Veeva 提供)
ただし、MR の活動内容は以前と同じではなく、デジタル化が進んでいるという Veeva のデータがある。パンデミック前は、MR の全活動の 5%だったデジタルチャネルによる活動が、現在は全活動の 1/3 に当たる 35%を占めている。つまり、医師との対面での活動は低下したものの、デジタルチャネルの活動でその低下分を補っているともいえる(Fig.3:Veeva 提供)
一方、活動のデジタル化に伴い、製薬企業のスタッフのオンライン面談に対する意識はしだいに上がっている。STEM の調査によると、Microsoft Teams や Zoom などを用いたオンライン面談に対する意識(1(低い)から 10(高い)の 10 段階評価で 7.5 以上を組織としての「強み」と評価)には、製薬企業内でのスタッフの役割で違いがみられた。特に、本社スタッフ(HO)は当初よりオンライン面談の重要性を認識しているものの、オンライン面談に慣れていない MR のスキルを心配し、MR がオンライン面談で対話する自信のスコアが低い傾向にあった。しかし、コロナ禍の長期化に伴い、本社スタッフ(HO)・営業所長(DM)・MR ともにオンライン面談の重要性の認識は増し、オンライン面談で MR が医師と対話できる自信も上がっていることが示されている(Fig.4:STEM 提供)
リモート面談を活用する比率には、企業間で違いがある。Veeva Pulse によると、調査した企業の全面談に対するリモート面談の比率の平均は約 1 割未満である。これに対し、リモート面談を実施する比率が高い上位 3 社ではリモート面談実施率の平均が約 2 割で、それ以外の企業の平均の約 2 倍である。現在、リモート面談の実施率が 0%の企業もあり、リモート面談に対する取り組みは企業ごとに大きく異なることがわかる(Fig.5:Veeva 提供)。
また、オンライン化による面談で、MR がターゲットの医師と対話する総時間は以前と変わらないという考え方がある。STEM のデータによると、過去 6 か月の同一の医師との面談回数はコロナ禍以前の平均月 2.6 回(対面面談)から、コロナ禍で月 1.1 回(オンライン面談)と回数が大幅に減少した。一方で、1 回当たりの面談時間はコロナ禍以前の平均 7.6 分に対して、コロナ禍では 22.6 分と約 3 倍に上昇している。つまり、医師との面会頻度は減少したが、1 回当たりの平均時間が伸びているため、同一の医師と 1 か月当たりに対話する総時間は変わらないともいえる(Fig.6:STEM 提供)
ところが、1 回当たりの面談時間の長いオンライン面談は、医師の行動変容が確認できる「良いコール」に必ずしも結びついていたわけではなかったと STEM は分析している。オンライン面談と対面面談で MR が訪問した結果に差があるのかを調べるため、STEM はオンライン面談と対面面談に関するプールデータを各々のプロジェクトの定義にもとづいて、以下の 4 つに分類し、それぞれを検証した。
その結果、オンライン面談での「良いコール」の頻度は、対面面談での頻度と比較して劣らなかった。さらに「良いコール」と「努力したコール」をセリングコール (プロモーションしたコール)と定義すると、セリングコールの割合はオンライン面談の方が対面面談より高かった。しかしセリングコールの内訳をみると、対面面談で顧客の行動変容を伴う「良いコール」の割合が高い傾向を示した。つまり、オンライン面談の方が長い時間をかけているが「良いコール」の結果につながるとは限らないと STEM は解説している(Fig.7:STEM 提供)
オンライン面談は対面面談と比べて 3 倍の時間を費やしていながら、医師に行動変容を促す結果とならない理由として、医師との対話の特徴に違いがあると STEM は分析している。
医師と MR の対話を「面談目的」「患者タイプの言及」「質問」「製品メッセージの言及」「コミットメントの獲得」の 5 つのステージに分け、それぞれに関する MR の行動を定量化してオンライン面談と対面面談を比較してみると以下の特徴がみられた。
一方で、
などのアサーティブなクロージングが低い(Fig.8:STEM 提供)
さらに、オンライン面談では 3 つの「陥りやすい罠」があるとSTEM は解説する。1 つ目は「情報共有」の罠である。医師とMR が話す割合「シェアオブボイス」をみると、オンライン面談では、MR は医師よりシェアオブボイスが高くなる傾向がある。STEM による日本国内における業界平均のシェアオブボイスのデータでは、オンライン面談では MR が 70%であるのに対し、医師は 30%だった。対面面談では MR が 65%に対し、医師は 35%である。2 つ目は、MR が貴重なオンライン面談の機会に過大な To Do List を用意し、一度に多くのメッセージを送ってしまっている傾向が観察された。3 つ目は、一般的な質問に終始してしまうジレンマである。ノンバーバルなコミュニケーションが可能な対面面談に比べて、言葉で解決する必要があるオンライン面談では「質問のための質問」が多くなる一方で、医師とニーズ等の議論に踏み込めない対話になってしまいがちなのだ。これらを STEM は「プレゼンテーションモード」の罠とし、オンライン面談のクオリティを改善する余地があると説明している(Fig.9:STEM 提供)。
たとえば、オンライン面談に対する MR の意識は、医師の行動変容を促す「良いコール」の結果にも影響することが示唆された。ここ数年、製薬企業の中にはオンライン面談をベースにするオンライン専任 MR を配置する企業も出てきている。そういった企業を対象に STEM が実施した、オンライン面談に特化した調査プロジェクトでは、オンライン専任 MRはオンライン面談の方が効果的であると考える傾向があり、一般 MR はオンライン面談よりも対面面談の方がやや効果的とみる傾向がある。医師の行動変容を伴う「良いコール」や双方向でディスカッションを行うコールの割合が高くなっているプロジェクトでは、MR のオンライン面談に対する信念や自信が高い傾向にあり、そのようなマインドセットが面談の質を変えうると STEM は分析している。
また、オンライン面談と対面面談でのマインドセットの差を訪問目的という観点でみると、2021 年に STEM が実施した対面面談とオンライン面談を含む 5 つのプロジェクトのプール解析の結果、医師の行動変容を訪問目的とする MR は、臨床試験データなどの情報提供を目的と考える MR に比べてオンライン面談で 5.6 倍、対面面談で 1.7 倍「良いコール」の結果を出している。MR が医師の行動変容を目的とする意識は、オンライン面談でより結果に直結するという結果も観察された(Fig.10:STEM 提供)。
一方で STEM のリサーチによると、オムニチャネルに対するMR の認識と実行には乖離がある現状だ。オムニチャネルの重要性について 1(低い)から 10(高い)の 10 段階評価で 7.5以上を組織としての「強み」と評価として聞き取ったところ、MR の回答は 8.6、一方、オムニチャネルの有効性に対する回答は 6.3 だった。有効性の内訳としてオンラインセミナーなどのウェビナーは 7.7 と高く、Approved E-mail は 5.7、その他が 5.4 であった。これは、オムニチャネルの重要性を理解しつつも、それぞれのチャネルの有効性への信念に対してはバラツキがあることを示唆していると考えられる。また、オムニチャネルの実行となると、面談前に 73%が何らかのオムニチャネルでコミュニケーションをとっているが、送付したオムニチャネルの内容を医師との面談時に話したのは 7%という状況も観察されている。つまり、それぞれのチャネルが点として存在しているものの、現状ではそのチャネルが線としてつながっていないともいえる(Fig.11:STEM 提供)。今後、このような課題にどう取り組んでいくのかが、ニューノーマル時代における製薬企業の勝ち残りを左右すると推測される。
STEMヘルスケア株式会社とVeeva Japan株式会社 は、現在、オムニチャネルに期待される可能性を含め、それぞれニューノーマル時代での製薬企業の課題に取り組み始めている。
STEM ヘルスケア株式会社は製薬企業のパフォーマンス向上に貢献するため、インタビューや面談観察をベースに活動を定量化し、ベンチマークデータと比較することにより、戦略のアラインメントやその実行を「みえる化」して強みや成長機会を特定するサービスを提供している。
特に、最近ではニューノーマル時代のプロジェクトとして「オムニチャネル戦略の評価」に加えて「新しい Go toMarket モデルの評価」「ファーストラインマネジャーの役割とコーチングの評価」「アカウントプランの評価」など、市場ニーズへのアジャイルな対応に尽力する製薬企業の要望に合わせてカスタマイズしたサービスを提供し、エビデンスに基づく戦略的インサイトを提供している。
Veeva ビジネスコンサルティングはライフサイエンス業界に特化して、データを用いたコンサルティングサービスを展開している。Veeva は、MR が活動現場で Veeva CRM に入力したデータを全国レベルで集積し「Veeva Pulse Insights」として疾患領域ごとにベンチマーキングしている。こうしてターゲット層に対するパフォーマンスを他社と比較することで、的確な MR 活動のサポートが可能となる。
このように、オムニチャネルが進展するとオンライン面談や Eメールなどさまざまなチャネルが増え、さらにコンテンツの需要は高まる。たとえば、医師にメッセージを伝え、行動変容を促すためには、その医師に合ったコンテンツを提供する必要がある。コンテンツの企画から制作プロセスを経て、MRが実際にコンテンツを使って医師とコミュニケーションを行い、医師の反応を取得して次のプランニングに活かすという一連の PDCA サイクルを Veeva は、コンテンツを進化させる柱としている。
さらに Veeva は、こうしたデータやインサイトの解析、オムニチャネルの推進だけではなく、大規模なグローバル・データ運用の実績を活かし、コマーシャル・ストラテジー、メディカル・ストラテジーといった戦略の立案から製品コンテンツの活用法や組織変革まで、製薬企業に包括的なコンサルティングを行っている。
STEM ヘルスケア株式会社と Veeva Japan 株式会社は、両社のアプローチを連携し、製薬企業のパートナーとしてニューノーマル時代の戦略課題に取り組むことも視野に入れている。
今後、STEM と Veeva は、それぞれの企業としての強みを活かしながら、課題の本質に迫り、両社が導くソリューションでニューノーマル時代の製薬企業の活動をサポートし、さらなる貢献をすることが期待される。